羽入辰郎『支配と服従の倫理学』


支配と服従の倫理学

支配と服従の倫理学


久し振りに大きめの書店をうろつくことができて書棚を物色していると、この本を見つけた。著者と折原浩の間に生じたヴェーバーを巡る「論争」に私は興味を持たずに来たし、同じくヴェーバーについて書かれた著者の新書も、店頭でパラパラとめくるぐらいして棚に戻した記憶がある。そんな訳で別に何の期待も持たず、どんなもんかと思い手に取ってみただけなのだが、これがメチャクチャ面白い内容に仕上がっている。


まず帯の文句から奮っている。羽入の講義を前に「学生たちは凍りついた」とある。そこから分かる通り、本書は著者が成城大学および青森県立保健大学で行った講義の元原稿に手を加えた形で成り立っている。奮った帯がただの煽りでないことは、著者の講義では学生の私語が一切無かったと語られる「あとがき」にて示される。

内容はと言えば、有名な「ミルグラム実験」から出発し、ナチスやオウム、果てはお笑い芸人の「戦略」にまで題材を採りながら、支配と服従、権威と大衆のメカニズムについて噛み砕いて論じるもので、並行して社会学マルクス主義の複雑に交錯した歩みも縦軸として扱われている。


予備知識のある人ならこれだけでも推察される通り、論旨自体にさほど目新しいところは無い――あくまで学部生向け講義なので――のだが、本書を面白くしているのは、著者独自の厳格かつ苛烈な語り口(の端々にうかがえる人間らしさや生活の匂い)ともう一つ、徹底して「講義録」たる体裁を貫いている点である。

本書は前期分・後期分の二部構成になっており、各部の冒頭には学生が講義履修を決める際に参考とする「シラバス」がそのまま掲載されている。それを眺めるだけでも、著者の教育者たる職責への真摯さと学生に向けた懇切丁寧さがうかがわれて猛烈に面白いのだが*1、各部の末尾にはレポート課題までそのまま載っているのが本書の凄いところだと思う。少なくとも私は、ここまで「講義」の頭からお尻までを丸ごと提供している本を見たことが無い。

もちろんそういった「オマケ」的要素だけではなく、本文中にも実際の講義で受けた質問やウケなかった冗談などがフィードバックとして書き込まれており、元々の噛み砕かれた説明とあいまって、内容そのものも素直に面白く読むことができる。


かくのごとく、3,000円というギリギリの値段を考慮しても本書は「買い」の一冊だと思うのだが、今まで全く本書について見聞きしたことが無かったので、最近出た本かと思えば今年の2月には出版されている。はてなで検索しても数件しか採り上げられていないし、アマゾンのレビューも1件しかない。これは問題だと思った次第でエントリさせて頂いた。専門家の書評は既に出たのだろうか。

*1:シラバスを見ると、座席指定などのディテールも知られ、ああ私語が無かったのはこういうアーキテクチャ設計の工夫も一助になった結果かな、と解る。