生命学とエゴイズム


2005/07/30(土) 00:28:56 http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-110.html

『生命学をひらく』森岡正博を読了。


確かに、著者のこれまでの仕事をわかりやすく要約するような内容で、手頃だと思う。これなら中高生にも薦められる。


だけれども、森岡が使う「条件付きの愛/条件付きでない愛」という区別はあまり厳密ではないよな、と改めて思う。
現実には、条件付きでない愛なんか存在しないと言ってよい。森岡が「条件付き」と言っているのは、何らかの属性ゆえの愛、というものを指しているに過ぎないのであって、それがその人の個別固有性ゆえでないから問題が生じる、ということである。つまり焦点は条件付きか否かではなく、条件が属性か固有性かということにある。
愛を求める人は他でもない私を愛して欲しいのであって、他人との差別化を求めている。無差別・無条件の愛などではなく、絶対的な条件付きの愛を求めている。それゆえに他人との代替可能性が留保される「属性ゆえの愛」に違和と不安、反発を感じ、「あるがままの自分」への愛=「固有性ゆえの愛」を欲するのである。


ところで、久し振りにこっち系の書物に触れて、生命倫理に関する諸問題のほとんどへの回答を、利害関係度によってすっきりと整理することができるであろうことを再確認した。
シュティルナーのエゴイズムにおける主な基本概念は、「唯一者」「力」「エゴイストの連合」あたりであるが、私のエゴイズムではこれに利害関係度が加わり、決定的な役割を果たすことになるだろう。


生命学をひらく 自分と向きあう「いのち」の思想

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