神話的暴力としての民主主義について


2006/11/08(水) 01:29:08 http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-290.html

市野川容孝『社会』(岩波書店、2006年)は、「思考のフロンティア」シリーズとしては異例の200頁超の「大作」で、勉強になり、示唆に富む、とても良い本だ。


ただ、若干違和感を覚える部分も無いわけではない。いくつかあって、ルソーの章も気になるのだが、あまり話を拡散させたくないので、一点に絞って書く。


要はベンヤミン『暴力批判論』の解釈であり、さらにはシュミット解釈であり、ひいては民主主義に対する理解に繋がる話だ。興味深いことに、著者は「ベンヤミンをC.シュミットに結びつけ過ぎる彼(引用者注:デリダ)の解釈に私は全く賛成できないし、このデリダの解釈からも正当化可能な「左翼シュミット主義」とでも呼ぶべき潮流に対しては、この場ではっきりと異議を申し立てておく」と述べている(233‐234頁)。「左翼シュミット主義」が具体的に誰のどのような主張を指しているのかはよく解らないが(「穏健な決断主義」程度の意味か?)、たぶんベンヤミンやシュミットに対する私の理解はこちら方面からの影響が大きそうなので、その辺に起因するギャップかもしれない。


本題に入る。著者は、『暴力批判論』で対置された「神話的暴力」(法措定的暴力、法維持的暴力)と「神的暴力」のそれぞれについて、ベンヤミンが想定していたものが何であるかを明らかにしようとする。著者に従えば、前者は社民党のG.ノスケらがローザ・ルクセンブルクら急進派に対して行使した暴力であり、あるいはシュミットが評価し、後にナチズムの成立に貢献したワイマール憲法第四十八条(大統領の非常特権規定)である。これらは、「議会制民主主義の外にある例外でありながらも、これを生み出し、固めるものだった」(74頁)。これに対して後者、すなわち神的暴力とは、ルクセンブルクが実際に志向していたように、「議会制民主主義に内在しながら、これを(固めるのではなく)揺るがすような何ものかである」とされる(82頁、傍点省略)。


私は神的暴力については未だに理解不能と言ってよいので、もし著者の整理が妥当な解釈であるのだとすれば、結論としては別に構わない。議会制民主主義に内在しながら揺さぶる何ものか、というのが具体的に何を想定しているのかよく解らないし(多分ラディカルデモクラシー的なイメージだろう)、それが神的暴力の中身だとすれば「神」の名を冠するわりに平凡だなと思わざるを得ないけれども、それ自体は問題にしようとは思わない。問題なのは、著者がこの結論を導き出す過程と、その背後に透けるシュミット理解である。以下に、神的暴力が何を指すのかを明らかにする上で著者がベンヤミンから引いている部分を、その前後を加えて引く。著者が引いている部分は太字強調で示そう。


まず確認されねばならないことは、紛争の完全に非暴力的な調停はけっして、何らかの法的協定には至らない、ということである。つまり法的協定は、当事者たちによってどんなに平穏に結ばれようとも、けっきょくは暴力の可能性につながっている。というわけは、相手が協定を破るばあいは、なんらかの暴力を相手にたいして用いる権利を、双方がもつからだ。そればかりではない。協定の結末とひとしく起原も、暴力をさししめしている。法措定の暴力が、協定のなかに直接に顔を出すまでもなく、そこには暴力の代理人がいる――法的協定を保証する権力が。この権力は、まさに暴力によって協定の内部に腰を据えたのではないばあいでも、もともと暴力的な起原をもっている。ある法的制度のなかに暴力が潜在していることの意識が失われれば、その制度はかえって没落してしまう。現在では議会が一例だ。議会は、かつて自己を成立させた革命的な力を忘れてしまったので、周知のみじめな見世物となっている。ことにドイツでは、議会のためのかかる暴力の最後の表明も、無効に終った。議会には、そこに代表されている法措定の暴力についての感覚が欠けている。議会が、この暴力にふさわしい決議には到達せずに、政治問題の非暴力的処理法と誤信された妥協をこととしているのは、ふしぎではない。(中略)――特記すべきことには、議会の没落は、政治的紛争の非暴力的調停という理想から、多くのひとびとをそむかせてしまった。このことは、戦争がひとびとをその理想に向かわせたのと、まったく対照的である。ボルシェヴィストとサンディカリストが、平和主義者に対立している。前者は今日の議会にたいして、圧倒的な、総体として的確な批判をおこなった。とはいえ、すぐれた議会があることは比較的にのぞましいことでもあり、よろこばしいことでもあるだろう。だがそうはいっても、原理的に非暴力的な政治的合意の手段を論ずるときに、議会主義をもちだすことはできない。なぜなら、議会主義が生きた諸問題のなかで何に到達するかといえば、それは起原にも終末にも暴力をまといつかせた、あの法秩序でしかありえないのだから。


ヴァルター・ベンヤミン「暴力批判論」『暴力批判論』野村修訳、晶文社、1969年、21−23頁)


著者は、この部分につき、「議会を成立させた力」が「革命的」と評されるとともに「忘れられた」と述べられていることに注目する。その上で、執筆時のわずか二年前のノスケの暴力が「忘れられた」と言われるのは不自然だし、ベンヤミンがそれを「革命的」と評するとは思えないので、この「議会を成立させた力」はノスケの暴力ではないと言う。さらにまた、この力は「議会のための暴力」とも呼ばれているので、ボルシェヴィストやサンディカリストゼネストなどを指しているわけでもないと言う。最終的な著者の結論は、先に述べたとおり、ルクセンブルクこそが「革命的」かつ「議会のための暴力」の行使者としてベンヤミンが想定していた相手だ、というものである(76‐78頁)。


しかし、上の引用部全体を読まれた読者はこの説明に違和感を覚えないだろうか。引用したベンヤミンの議論自体は、あくまで一般論にすぎない。ベンヤミンがドイツの議会について述べているのは、著者が引用している部分にある「ことに…」の一文だけであり、その前後で述べられている「議会」はドイツに限定されているわけではない。したがって、議会を「成立させた革命的な力」も、あるいは議会に「代表されている法措定の暴力」も、文章中ではドイツの特定の暴力を指しているわけではない。この時点で、少なくとも「忘れられた」云々の著者の推論がそもそも的外れ(と言うか不必要)であることが解る。


ドイツにおける「議会のためのかかる暴力」が、ノスケの暴力でもボルシェヴィストやサンディカリストのそれでもないというのは確かだろう。それがルクセンブルクを指しているというのも、(私はよく知らないが)多分確かなんだろう。しかし、いただけないのは、ベンヤミンがほぼ等置する形で①議会を成立させた革命的な力、②ドイツの議会のための暴力、③議会に代表されている法措定の暴力、について続けて述べているにもかかわらず、著者がこれを解釈するにあたって、①と③は「切り分け」られていると強弁してしまうところだ(77頁)。普通に読めば、明らかに切り分けられていないだろう。ここにおいて、仮に神的暴力=ルクセンブルク=「議会のためのかかる暴力の最後の表明」と理解するとしても、それと法措定的暴力=神話的暴力の区別は曖昧になる(だからこそ著者の強弁がなされてしまう)。


少し著者の解釈から離れて、先の引用全体を見てベンヤミンの意図について順を追って考えてみよう。最初の方で述べられていることは、法的制度には常にその執行を保証する暴力が存在している、ということだ。逆に言えば、そういう暴力が存在するからこそ法的制度が成り立つのであって、その意味でこの暴力は法的制度の「起原」である。では、やはり法的制度に違いない議会の存立を保証する暴力とは何であろう。それが「かつて自己を成立させた革命的な力」であり、一般的には市民革命などを、ドイツに関してはやはりワイマール体制を成立させた革命を指しているだろう。つまるところ、議会を成立させたこの暴力とは、民衆的な運動、民主主義を意味している。議会という法的制度を成立させたのだから、この暴力も当然、法措定的な暴力だ。ベンヤミンは、こうした暴力の潜在への意識が失われれば、その制度は没落してしまうと言っており、現に今の議会にはそうした感覚が欠けているとも言っている。そこでは、議会の没落は「妥協」という言葉が象徴的に示すものとされている。そして、議会が自らの起原にある暴力への意識を欠いて非暴力的(と誤信されている)「妥協」に走ったために、ボルシェヴィズムやサンディカリズムのように、これに反発する暴力が噴出している、と。


どうだろうか。要するにベンヤミンが言いたいことを乱暴にまとめれば、「妥協」に象徴される議会の形骸化が議会軽視を生んだ、ということだろう。それで、これは『現代議会主義の精神史的地位』で示されたシュミットの認識と結構近いものではなかったか。もちろんシュミットはそこから積極的に議会軽視に傾くわけだから、ある地点からは決定的に異なるわけだけども、ある地点までは共通の認識が存在しているわけだ。ベンヤミンが問題としているのは議会が自らの起原にある暴力=法措定的暴力=民主主義を忘却している点であるから、ベンヤミンルクセンブルクに共鳴していたとしても、ルクセンブルク=神的暴力とすることができるかどうかに関してはどうしても疑問が残る。それが、議会制民主主義に内在しながらそれを揺るがすものである、という理解についても。そして、翻ってシュミット理解についても疑問を提起せざるを得ない。


著者は、シュミットが肯定的に評価した第四十八条に象徴されるような神話的暴力は、「議会制民主主義の外にある例外でありながらも、これを生み出し、これを固めるもの」であるのと同時に、「最終的には議会制民主主義そのものを破壊する」ものであった、と説く(81‐82頁)。ひとまず後段についてはよかろう。だが前段について、そもそも現に憲法に規定されている第四十八条は「議会制民主主義」(ここでは「法」と同義と考えてもよかろう)の外にあるものだったろうか。シュミットに従えば、例外状況に関して決定を下す「主権者」は、確かに一面で法の外にあるが、他面で法の内にあるとされるはずである。例えば、「主権者は、平時の現行法秩序の外に立ちながら、しかも憲法が一括停止されうるかいなかを決定する権限をもつがゆえに、現行法秩序の内にある」と述べられている(『政治神学』田中浩・原田武雄訳、未来社、1971年、13頁)。この「例外」は法に規定された「例外」であるがゆえに、どちらかというと議会制民主主義の外にあると言うよりは、それに内在しつつそれを揺るがす(時々破壊する)ものだと言って言えないことはないように思うが如何。


あるいは、例外状況における主権者より明確に法、憲法律の外にある「憲法制定権力」について考えたほうがいいだろうか。シュミットによれば、憲法が妥当するのは、それが事実的な存在としての憲法制定権力の意志によって定立されるからであり、ワイマール憲法はドイツ人民が自らにこの憲法を与えたからこそ妥当するのである(『憲法理論』尾吹善人訳、創文社、1972年、12‐13頁)。憲法制定権力は何らかの法規範によって権威づけられるわけではなく、それ自体の事実的な力によって憲法の存立を支えるのであるから、明確に法あるいは議会制民主主義の外にある。決して内在はしていない。だが、「ドイツ人民」と言われているとおり、これもまた民主主義なのである。こうして再び神的暴力と神話的暴力の区別は曖昧になる。神的暴力を「議会制を超える議会制によって支えられる社会民主主義」(83頁)として理解するのは別段構わないが、他方で、法=議会制民主主義の外にあってそれを支え、時にそれを破壊する神話的暴力もまた民主主義(原義通り、デモス+クラティア=「民衆の力」)であることを忘れるわけにはいかないだろう。


全体の記述からして、著者がこのこと自体を解っていないとはあまり思わないが、それでも民主主義の暴力性については記述・強調が十分でないような印象を受けた。まぁそれでも凡百の本よりははるかにましだし、この点について私が特に敏感なだけということもあるのだろう。ただ、著者のシュミットに対する一貫した憎悪や苛烈な非難感情は必ず誰にでも伝わるはずである。上述したような違和感を生じさせる記述の遠因はその辺りにあるのだろう。まぁ、それはそれで結構だと思う。


社会 (思考のフロンティア)

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暴力批判論 他十篇 (岩波文庫―ベンヤミンの仕事)

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政治神学

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