御用学者だっていいじゃない


あまり大した話ではないが、ダイヤモンド・オンラインで上久保誠人という人が書いている「官僚支配を終わらせるために、 政策立案で幅利かす「御用学者」を一掃せよ」という記事について、気になったことを簡単に書いておく。

執筆者は「官僚の設定する「議題」に「お墨付き」を与える役割を果たしている「御用学者」を審議会から一掃」し、「政治学・経済学などの最先端の研究に携わる、海外の大学でのPhD(博士号)取得者などを審議会に送り込むこと」を訴えている。

しかしながら、同記事の末尾近くに「民主党は、既に昨年の日銀正副総裁人事において、小泉改革にかかわった「御用学者」の副総裁への起用案に不同意している」とあるが、不同意とされた伊藤隆敏は、公式プロフィールによれば立派にハーバード大学でのPh.D.取得者である。また、2000年代以降に限ってもレフリー付ジャーナルに英語論文を多数投稿しているので、その点だけを見ても彼が「最先端の研究から離れ」た過去の人であるとは考えにくい。

この一点からしても、同コラムの執筆者が最低限のリサーチも行っていないらしいことがうかがわれるし、一掃すべきとされる「御用学者」の定義も酷く怪しげであることが解る。一応、経済財政諮問会議民間学識者委員を務めた他の人を調べてみると、吉川洋イェール大学八代尚宏メリーランド大学でそれぞれPh.D.なり経済学博士なりを取得している。したがって、小泉〜安倍政権期に「野放図な市場主義」を推進したと槍玉に挙げられがちな同会議の民間学識者委員のうちで、辛うじてここでの「御用学者」の定義に当てはまりそうなのは本間正明ぐらいだろうか(彼にしても海外で教鞭を執った経験はあるようだが)。これら三人の近年の研究業績までは調べていないので彼らがどのぐらい「最先端」から距離があるのかは知らないが、この件に関する限り、そこまで調べる必要は無いと思われる。

もう一つ、執筆者は2004年の年金改革が「抜本的な改革」から程遠いものになったのは、2002年12月の段階で厚労省社会保障審議会年金部会が抜本改革に繋がり得る議題設定を阻んでいたからだとする太田弘子の主張を肯定的に引いている。ここでは行うべきだった「抜本改革」の中身が何であり、なぜそのような「抜本改革」が望ましかったのかは全く説明されていないが、とりあえず当事者が誰だったのかが知りたい。

まず2002年12月5日に行われ、年金改革が議題に挙がっている経済財政諮問会議の議事録がこれ。ちなみに従来の年金制度が「大きな曲がり角」に来ていると主張しているのは、「御用学者」の本間正明。次に、この会議の2日前の12月3日に行われた第8回社会保障審議会の議事録がこれ。出席者の中で学者と言えるのは、阿藤誠、岩男壽美子岩田正美、翁百合、京極高宣、西尾勝、廣松毅、堀勝洋、若杉敬明あたりか。いや、年金部会だから、正確にはこっちか→10月の第11回議事録と12月13日の第12回議事録。部会ではフルネームが判りかねるが…。とりあえず2003年9月に提出された「年金制度改正に関する意見」にもリンクしておく。

この中の誰が「御用学者」で誰がそうでないのかは知らない。まぁ、先の4人の中よりはPh.D.の取得率は低いだろう、専門分野から考えても。でも、だから何なのか。政策の内容や官僚の統制にPh.D.がどうとか、関係無いと思うよ。だいたい、最先端の議論に則れば政策が上手く行くわけではないし、本当に最先端であれば当然に未だ論争的な知見であるはずなので、政策に投入できる段階に達していないはずだろう。あと、若い気鋭の研究者はちゃんと研究に専念した方がいいのではないかな。何と言うか、そういう小手先の議論は止めませんか。この人のブログは、そこそこ興味深く読んでいるのだけれど…。