代表制にまつわる若干の問題


この記事は「選挙制度と政党」「国民代表の独立性と拘束性」「民主主義の練習問題(2)代表制と政党」を素材として加筆・修正を施したものです。

国民代表と半代表制


日本国憲法第43条第1項は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定め、選出母体の意思に拘束される「部分代表」を禁止している。また、第51条は、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」と定め、特定の地域や集団の代表ではない「国民代表」としての国会議員に、有権者からの一定の独立性を保障している。


だが、「半代表制」下にある現在の日本では、国会議員が選出母体の意思と乖離した政治行動をとることは、望ましくないと考えられている。とはいえ、部分代表の禁止が支持されなくなったわけではなく、国会議員は最終的には国民全体の利益を実現すべく行動するべきであるとされるのが一般的である。つまり、国会議員は、国民代表としての役割と選出選挙区の意思を反映する役割という二重の責務を負っていることになる。それゆえ、国会議員がなすべき政治行動プロセスは、①まず選出選挙区の意思をよく理解してその意思を国政の場に届け、②その意思を他の議員が持ち寄ってくる他の選挙区の意思や選挙区に還元されない国民の利益などと突き合わせた上で、③国民全体(≠有権者)の利益を実現するような一般意思を統合・形成する、という三段階に整理できる。


なお、この点を踏まえた憲法解釈として、第43条には部分代表の否定という禁止的規範的要求と国民意思の可能な限りの反映という積極的規範的要求の両方が含まれており、相互に緊張的かつ相補的関係にある、という樋口陽一の立場が妥当である*1


以上のように国会議員の役割を整理すると、小選挙区制にせよ比例代表制にせよ、有権者集団をいくつかの地方・地域に分けた上で、各部分集団から議員を選出することの意味が明確になる。国民全体の一般意思を形成するためには各地方の多様な事情や意思を考慮しなければならず、そのために各部分集団における一般意思を持ち寄る代表が必要になる。また、逆に中央における事情を地方に伝えたり、形成された国民全体の一般意思について各地方で説明・報告する役割も必要である。このように地方と中央を繋ぐ仕事は、国民代表としての国会議員が担う主要な役割である。

政党と党内民主主義


国会議員を国民代表として理解することに異を唱え、国会議員の政治行動を選出母体の意思によって拘束するべきであると考える立場もある。そうした立場は例えば、国会議員が選出母体の訓令に反する行動をした場合には解任される「命令的委任」の制度を採ることを主張する。だが、命令的委任は、意見や選好の変容可能性を排除するものであり、議会における討論の意味を希薄化してしまいかねない。もちろん、現代の政党政治において、意見の変容可能性にあまり期待をかけることは楽観的すぎるが、討論を行う以上、意見の変容可能性を完全に放棄することはできない。


現代政治においては、政党組織に頼らずに当選する可能性が小さくなっており、政党に所属する国会議員は党の綱領および方針によって個人的意見を拘束される。そうすると、政党が未発達である時代の議会政治と比べて、議会の内部での討論過程の意味は著しく薄くなっていく。一人一人の議員に対する党の統制力が強くなると、最悪の場合、多様性を失った国会議員はただの投票マシーンに成り下がってしまう。投票マシーンと化した国会議員は、党執行部が決定した方針に追随するだけで、選出母体の意思を国政の場に届ける役割を果たすことはできない。このような事態を避けるためには、どうすればよいのか。


そのためには、各政党内部での討論による合意形成、すなたち党内民主主義の確立が極めて重要である。党内民主主義とは、党首選挙だけを意味するのではない。政党の地方組織、下部組織が各地域の党員および支持者の意見を吸い上げながら討論を行い、そこで表明された意思が党の中央に持ち寄られ、相互に突き合わせられながら討論が行われた結果として、党の綱領や基本政策が決定される。この過程全体が目に見える形で行われたとき、はじめて党内民主主義が実現されたと言い得る。その上で各政党の政策が突き合わされることによって、各選挙区・各地域の特殊意思から国民全体の一般意思が形成れることになる。一般意思形成過程の重要な一部分をなす党内政治過程が不透明であることは、極めて深刻な問題である。たとえ水面下で活発な討論が交わされたとしても、公開されずに不透明なままで終わるのならば、国政を司る主要な主体としての全国政党の役割を果たしているとは言い難い。


国民代表の政治責任 (1977年) (岩波新書)

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憲法〈1〉憲法総論 (有斐閣法学叢書)

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憲法

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近代民主主義とその展望 (岩波新書 黄版1)

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*1:樋口陽一[1998]『憲法創文社、308‐315頁