政治過程または一般的決定過程におけるステージ・アクター・評価


2007/09/09(日) 20:00:17 http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-362.html

西野喜一『裁判員制度の正体』(講談社:講談社現代新書、2007年)を読んで裁判員制度への消極的態度を新たにしたわけだけれども、どういうプロセスにおいてどういうアクターが関与すべきなのかということについて改めて整理して考えるべきだとも思った。とりあえず暫定メモとして以下のようになるかなと書き付けておくが、こういう整理はどこかに無かったかなぁ…(と言うかあるはず。無きゃおかしい。どこかで見たような記憶も…。でも普通は政治過程に限定されてはいるかな)。


A.政治(決定)過程におけるステージ


Ⅰ.答申・提言・立案・意見集約


ex.審議会、諮問会議、市民参加プロセス、政策立案、政策提言、証言、意見表明、etc


Ⅱ.決定作成


ex.立法、閣議、判決、命令、etc


Ⅲ.執行


ex.行政、行刑、業務、etc




B.政治(決定)過程におけるアクター選択


(1)一般市民方式


・当該社会の一般市民
・無作為抽選か公募
・利害関係が小さい方が望ましい
・代表ではないが当該社会の構成を反映しているのが望ましい


*選挙や直接投票などを除くプロセスにおいて


ex.コンセンサス会議、陪審制、参審制、etc


(2)利害関係者方式


・当該イシューに対して大きな利害関係を有する個人または集団
・多少なりとも利害関係の分析と取捨選択を伴う選定
・全体の利益が表出されないと批判されがち
汚職の温床になりがち
・団体の場合、内部での意思決定メカニズムと討議を通じた選好変容可能性が課題


ex.審議会、修復的司法、ADR、労使交渉、株主総会、自主管理、その他stakeholderの経営参加、etc


(3)専門家方式


・当該イシューに対する専門家または一般的学識経験者・文化人
・事務局(?)が選出(基準は不明orまちまち)
・利害関係が小さい方が望ましい
・代表性無く、責任負う対象が存在しない(ように見える)
・社会に対する責任?学問に対する責任?


ex.審議会、諮問会議、etc


(4)官僚方式


ヒエラルキー組織における専門職員またはそれに準ずる者
・一般的政治過程では公的ないし準公的セクターに勤める者(狭義の官僚)
・決定過程一般では私企業などの民間組織に勤める者も含む
・組織のヒエラルキー構造に従って関与の対象と程度が定まる
・代表性無いが、公的セクターの場合公僕として責任負う
・民間セクターの場合、組織に対して責任負う
・社会に対する責任?


ex.裁判官、行政機関、経営者、etc


(5)被選挙人方式


・特定集団の中から選挙された者
・一定の集団を代表する
・選出母体または代表する集団全体に対して責任を負う


ex.代議員、首長、議院内閣制における首相、etc


#なお、複数の方式の混合・併用の方がむしろ一般的。一般的政治過程においては(1)〜(5)のいずれの面もある。市民参加型プロセスとして、例えば参加型政策分析ならば市民と専門家と利害関係者がそれぞれの役割を果たす。




C.決定一般を評価する基準


鄯.当該集団の構成員にとって、どれだけ意思や利益を反映させる機会(参加の機会)が確保されているか


=形式的手続きの評価 ⇒正統性


鄱.当該集団の構成員の意思や利益が、どれだけ正確に反映されているか


=実質的内容の評価、ないしは目的の評価 ⇒正統性+正当性


鄴.当該集団の構成員にとって、どれだけ正しい/望ましい結果がもたらされたか


=帰結の評価(*事後的→あるいは蓋然性で評価?) ⇒正当性


(鄽?.それ自体が価値あるものである参加が実際にどの程度行われたか →決定そのものを評価する基準ではない)


#その他の基準はいくらでも有り得るだろう(効率とか?)


>>>>


①AのⅠ〜Ⅲのそれぞれに、Bの(1)〜(5)のいずれの方式、またはどういった方式の組み合わせが用いられるべきか
②そのような方式の選択は、Cの鄯〜鄴(あるいはその他)の評価基準に照らして、どのように正統化/正当化可能であるのか


#例えば市民方式を採った場合にも当該社会の利益ないし立場の分布に従ったパネル構成が望ましいとされることは、鄯や鄱の評価基準とどう関連しているのか。